はらぺこ本の虫

読んだ本をゆるーくご紹介。ジューシーな文章が大好物です。

二十億光年の孤独

谷川俊太郎

「二十億光年の孤独」


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詩や短歌は小説よりも書いてある文字は少ないけれど、その少ない言葉で作者は何を言おうとしているのかを汲みとりながら読むので時間がかかる。それに、自分の内面が冷静でなければ集中できないから、心がうきうきしている時には読めない。

そんな変な性格に付き合わされて、この本は5年近く本棚に眠っていた。

正確に言えば、はじめの数ページを読んでは本棚にしまい、また気が向いて少し読んではしまいを何度も何度も繰り返していた。そして、やっと、今、最初から最後まで読み終えたのだった。


私たち姉妹は谷川さんの翻訳した絵本を読んで育った。

スイミー、ペツェッティーノ、アレクサンダとぜんまいねずみ、シオドアとものいうきのこ、とっときのとっかえっこ、など(よく考えたらほとんどレオレオニだ)。そして、大人になってからはフレデリック、さかなはさかな、コーネリアスを読んだ(こちらもすべてレオレオニ)。

案外ずっとお世話になっていたのに、詩集を読んだのは今回が初めてだった。


タイトルにもある「二十億光年の孤独」や、亡くなった犬を思って書かれた「ネロ」という詩も当然良いのだけれど、一番気に入ったのは「初夏」だった。その中に少年というカテゴリがあって、


"永遠とは魂にとってなんという倦怠だろう

そして又何という恐怖であろう

ある遊星の一時期とその小さな幸福

ひとつの脳とその美しい恣意の形

そして

ひとつの心とそのいじらしい大きさ

それらの豊かさに僕には答がない"


と書かれていた。

これを読んだ時、体がぞわ~っとなるような、地上から3mmほど浮いてるような不思議な感覚に陥った。

詩は深い。

ふりむく

=松尾たいこ

=江國香織

「ふりむく」


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パリっとメリハリのある絵に江國さんのコロコロした楽しそうな文章が踊る。そんな本でした。


気に入ったフレーズをひとつ。


「ね、この海の水、その壜の白ワインに似ていない? (中略) 広大な白ワインが月あかりの下で揺れているし、つめたい夜の海が、わたしたちの体のなかに収まっているもの。」


海の水を白ワインみたいだと表現するその感性と、漢字ではなくひらがなにする言葉の使い方にいつもながらほほー、となる。

現実入門

穂村弘

「現実入門」


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穂村さんのことが好きだ。

本当に好き。

生活力のない感じとか、妄想にふけるところとか。でも、そんなへなちょこな自分を観察してエッセイにしちゃってるのが、またいい。

もっと読みたい、もっと知りたい、もっと近づきたい。そして、あなたを守りたい。私の欲望が高まるのがわかる。

私はダメ男に弱いのだろうな。


穂村さんに比べて、私は人生の経験値は高い方だと自分で思っている。まだ結婚や出産はしたことはないけれど、バンジージャンプをしたり昆虫を食べたりしたことはある。

しかし、42歳になっても合コンや海外旅行をしたことのない穂村さんを見る(読んで感じる)と、なんてピュアなんだ、と思う。ピュアすぎてまぶしい。触れない。近づけない。

彼は私がとうに失ってしまったものを持っている。


穂村さんは"世界"を怖がっているからこそ、そんなピュアさを保てているのだろうな。

うーん、好きだ。

ずっとその感性を失わずに歳を重ねてほしい。

犬とハモニカ

江國香織

「犬とハモニカ

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短編集。一番のお気に入りはゲイカップルがポルトガルで休暇を過ごす「アレンテージョ」。以前読んだアンソロジー「チーズと塩と豆と」に載っていたので、読むのは2度目だった。

ごはんを食べる時の描写がとても愛おしい。

"僕は思うのだけれど、おなじものをたべるというのは意味のあることだ。どんなに身体を重ねても別の人格であることは変えられない二人の人間が、日々、それでもおなじものを身体に収めるということは。"


坂本真綾の「パプリカ」という曲にも似たような歌詞があったのを思い出した(作詞はやっぱり岩里祐穂)。私はきっと、恋人同士でごはんを食べる、ということをとても重要視してるのかもしれない。


それにしても、江國さんの作品はどういうわけか鎮静剤のような効果があると思う。荒れていた心を鎮めてくれる。知性のかけらが見え隠れするからか、ミステリアスな大人の雰囲気に酔えるからか。

今回もなぜだか救われた気がした。

ロック母

角田光代

「ロック母」


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19922006年までの短編小説。

若い頃の作品は言葉の荒さや題材の刺々しさが目立っていたけれど、年を重ねるごとに深みのある物語が書けるようになってきたのだと、この一冊で成長を感じた。


特に笑ったのがタイトルにもなってる「ロック母」。実家のある島に帰ってきた身重の娘は、母が爆音でニルヴァーナを聴いていることに唖然とする話。

小さく閉鎖的なコミュニティである島に住むということ、一切の家事を放棄した母親、出産シーン。苦い日常とそれに絡む意外性のある出来事とが混ざり合って面白い味が出ている作品だった。


「緑の鼠の糞」というタイを旅する若者の話は、特に食事シーンがよかった。

外気の暑さと料理の辛さに頭と体がマヒして"次第に周囲の物音が消えて"いき、"熱気につつまれた皮膚という壁が極限まで薄くなり、自分の体がこの暑さと同じくどこまでも広がっていくように感じられる"という、恍惚というかハイになる瞬間の表現がすごく上手だと感じた。わくわくした。

本当にタイでプリッキーヌを食べるとこんな感じになるのだろうか。試してみたい。

深夜特急1

沢木耕太郎

深夜特急香港・マカオ


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香港旅のために読み始めた本。

本屋に置いてある有名どころのガイドブックや女子向けの旅行本を読むだけじゃわからないディープさを求めて読んでいたが、なかなか怪しげな雰囲気のある香港を知れて良かった。


後で調べたら、私が現地通貨を両替しに行ったマンション(ビル?)の上が、彼の泊まった宿のようだった。確かに1階に踏み入れた時点でディープな雰囲気があった。

本には書かれてなかったが、なぜかインド系のおじさんがたくさんいた。現在はインド系のコミュニティができているマンションになっているのだろうか。謎は深まる。


彼はあとがきの対談でこう話していた。

「二十五、六ぐらいで行ったらいいなと思うのは、いろいろな人に会ったり、トラブルに見舞われたりするたびに、自分の背丈がわかるからなんですよね」

26歳で初めて海外へ旅に出たそうだ。

でも確かに、若すぎても経験不足から危ないことに巻き込まれる可能性も高くなるだろうし、知識やトラブル対応力も未熟だろう。それに比べて、ある程度の判断力や処世術が身についた頃に旅に出たほうが、自分の安心と安全が確保できて、周りを見て楽しめる余裕が生まれると私も思う。

私も初めての海外は19歳で、何が何かわからぬままベトナムへ。10日間の滞在で初日は泣きそうになった。腹も壊した。ベトナムのことをほとんど知らなくて楽しみきれなかった。

しかし、今なら(だいぶ旅慣れたところもあるが)19の頃よりも知識も度胸も増えて、旅を楽しめるようになったと思っている。


それでもまだ、日本にいると気づきにくい"身の丈"やらを旅をして思い知ることも多い。特に言語。旅に出るたびにやっぱり英語と中国語がいるなぁと反省する。とりあえずで乗り越えては来ているのだけれど、まだまだなのだ。

ゼロから始める都市型狩猟採集生活

坂口恭平

「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」


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びっくりするほど面白い本だった。

都市でゼロ円で生活するノウハウが実体験とインタビューをもとに書かれている。


去年くらいだっただろうか、"ミニマリスト"が流行ったと思う。少ない持ち物でやりくりしながらスマートに生活する人たちのこと。

実はホームレス生活は究極のミニマリストなのでは?と思った。


見習うべきところがたくさんある。

どれだけの電気量でパソコンが使えるのか?1日に使う水はどれくらいなのか?ガスは1か月でどれほど必要なのか?

電気や水道などのインフラが整った家に安穏と暮らしている私は何も知らない。請求された分だけ素直にお金を支払っている。

そのまま、知らないままてまいいのだろうか。


ただ、ピースボートで地球一周をしながら船の中で過ごした3か月半の生活はホームレスの生活にちょっとだけ近かったのかもしれない。

部屋にはコンセントやシャワー、ベッドなどはあったけど、冷蔵庫なし、キッチンなし、電子レンジなし、カセットコンロもダメ、売店は高いしすぐ閉まる、携帯も使えない(海上なので電波がない)、洗濯は洗面所で洗ってベッドのカーテンレールに干す、といった状態で、それでもなんとかやりくりしていた。

不便はあったけど、悪い生活ではなかったな、と今になっては思う。


今までは大阪の民族学博物館や愛知のリトルワールドなんかで、東南アジアの家の実物大の展示を見て「こんな狭い空間に家族6人か」などと思っていた。

でもそれは、自分のものさしでしかものを見れていないってことだった。恥ずかしい。人はダンボー2個分の空間でも生きていけるのに、狭いって何だ。ものを持つこと、広い場所に住むことが裕福なのか。


忘れていた。私は日本一周した時に軽自動車で寝泊まりしていたのだ。大人4人しか乗れないあの空間でぐっすり寝ていたのだ。

人はどこででも生活できる。


また、本書でも紹介されているが、鴨長明の「方丈記」には、家を捨てて山に小屋を建てて過ごした時のことが書かれている。その小屋が簡単に組み立てられる移動式ハウスだったそうで、「動かすことのできない家に住むことは、合理的な態度ではない」と書かれているらしい。

やはり、ミニマムで動きやすいということは利点なのだ。


快適な車中泊生活再開への憧れが募ってきた。そして野草を見分けられるようになって、生活全体がアウトドアみたいな生き方をしたい。